ワンマン社長のもとで機械のように働いていました…

ワンマン社長に振り回されて無職になってしまいました…。もちろん現在就職先を探してはいるのですが、前職のイヤな記憶がよみがえってしまい、なかなか次の一歩を踏み出せずにいます。

どんなワンマン社長にどんな風に振り回されたのか、自分の経験を振り返るべく記載しています。「あぁウチもそんな感じ…」と同類で憐れむも良し、「そんな会社があるんだ!?」と怖いもの見たさで覘くも良し。気になった方はぜひ本文もチェックしてみてください。

さらにはワンマン社長に振り回されて体調を崩してしまった私だからこそのアドバイスも記載しています。現状困っているという人もお見逃しなく。




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無職になってしまいました…

皆様こんにちは。最近29歳の誕生日を迎えたばかりの男です。現在の職業は引きこもり。一応就職先を探しているのですが、前職で一度体調を崩してしまった事もあり、思い切りがつかないんですよね…。

今のところは失業保険も出ていますし、サラリーマン時代の貯金もあるので、何とか生きていられますが、この状態が続けばお金が底をつくことは目に見えています…。

「どうにかしないと」という焦りと、「また体調を崩してしまったら」という不安で、なかなか動き出せないというのが現状です。

心を無くして働く日々…

なぜこんなことになってしまったのか、そのきっかけは前職にあります。私が入社した時点で創立10年目、社員は40人ほどと大きくない会社でした。

メインの仕事はIT関連なのですが、超の付くほどのワンマン社長が思いつきで新規事業を始めようとします。そのたびに走り回らされるのは若手社員の仕事です。

社長はもともと外資系コンサルティング会社出身です。確かに仕事もできるのでしょうし、先見の明もあるのでしょう。自分ならできるという思いがあったのかもしれません。けれど彼にはスタッフの状況やスキルを考えるという感覚が決定的に欠如していました。

新しいことを思いつくと、とにかくそれを形にしたいという思いが先行します。「今週中にコレを調べておけ」という指令が次から次に飛んできます。とはいえ、本業もありますからそれをこなしつつ、プラスアルファとしての作業になります。

調べものがハード過ぎて本業がおろそかになったことがあるのですが、イヤというほどに叱責されました…。

初めのころは「無茶言うなよ!」と反抗心も芽生えていたのですが、あまりにそれが続きますと反抗心を抱く暇すらもったいなく感じられ、いつしか何も考えず、とにかく言われたことを淡々とこなす機械のようになっていました。

朝出社してから、残業をして終電で帰るまで、何をしていたのかまったく記憶が無いという一日が合ったほどです。そのころは終電で帰るのが当たり前になっており、ちょっと早く終わった日など、「何か忘れているんじゃないか?」と逆に不安になったものです。

>>毎日終電まで仕事するのは辛い!残業で終電まで働くリスク。残業代なしなら辞めましょう

そんな状況で仕事を続けられるはずがありません。ある日心がぷっつりとちぎれて、仕事に行けなくなってしまいました。

プツンと心の糸が切れた瞬間…

プツンと心の糸が切れた瞬間は今でもはっきりと覚えています。本業であるIT系の仕事が溜まりに溜まって、休日出勤も当たり前になっていた時、例によって社長に新しいアイデアが浮かんできたようです。

社長とのMTGで、現状を説明していますと、例によって叱責が始まりました。確かに目先の仕事が嫌というほど溜まっているのは良い状態とは言えませんが、そうなったのにはそれなりの理由もあります。けれどイチイチ口答えする余裕もありません。

ひとしきり説教が終わったのち、少し雑談モードに入っていました。そこで「来年には輸入業を始めたいから、輸入業について調べておけ」と言われたのです。

時刻は20:30を回ろうとしていました(こんな時間にMTGするなよと思いますが、当時は何の疑問もありません)。今日も終電ギリギリまで働いて帰ろうというはずだったのですが、なんだか気力がわかず、帰り支度を済ませ、21:00にはオフィスを出ました。

そのまま家に帰り、ゆっくりとお風呂につかり、そのまま倒れるようにベッドに。夕食を食べる気力はありません。

翌朝、いつも通りに目を覚まし、いつも通りに出社したのですが、仕事に集中できません。締め切りは刻一刻と迫っているのに…。ランチを食べる気力も湧かず、ぼんやりとした頭で何とか仕事を済ませ、家路につきました。

次の日の朝、ついに異変が襲います。出社しようと最寄りの駅についたとたん、猛烈なめまいに襲われました。最初は地震と思ったほどです。

ベンチにへたり込み、汗だくになりながらじっと我慢していました。10分ほど経過したのでしょうか、何とか立ち上がろうとするとまたもめまいが…。会社に体調不良で休む旨を伝えられたのはそれから30分後の事でした。始業ギリギリの時間です。

その日はなんとか家に帰り、ベッドに倒れ込むようにして眠りました。スーツも脱がず、ネクタイもつけたままです。

翌日にはそれなりに回復し、職場へと向かえたのですが、例によって異常なまでの忙しさに加え、社長の無茶ぶりがポコンと飛んできた瞬間、心の糸が切れる音をはっきりと聞きました。そして翌日から会社に行けなくなってしまいました。

>>もう無理で嫌な仕事の「限界サイン」は見逃すな!仕事辞め時のサインとは?

病院で出された診断はパニック障害というものです。仕事に行けない旨の診断書が出され、しばらく自宅療養する事になりました。

何の前触れもなく、突然に息切れ、めまい、動悸などのパニック発作を発症します。「このまま死 んでしまうかもしれない」と思うほどの苦しい発作に見舞われますが、10分ほどでピークを迎え、その後は30分以内に症状が収まります。動悸や息苦しさの多面、心臓の病気や呼吸器の病気と 疑われることがありますが、心電図などの検査をしても異常が発見されません。何度も繰り返すうちに、再発することへの強い不安(予期不安)に苦しみます。

引用元:https://www.heartclinic-odawara.com/kokoro/byouki/ippan_panic1.html

傷病手当で暮らす

パニック障害と診断され、しばらく自宅療養する事になりました。そこで最初に不安になったのが「お金はどうしよう?」です。何せ働けないワケですし、しばらく休んでいては有給も使い果たしてしまうはず。食べてゆけない…と思ったのです。傷病手当が支給されるという事を理解していなかったんですね。

とりあえずは傷病手当によって、最低限の収入を得ることはできました。とはいえ安心して休めていたのかと言われますと、そうでもありません。なんだかんだと仕事の事は気になりますし、社会からおいて行かれているような気持ちにもなります。

気分転換に散歩に出るのですが、働いている人達の姿を見ると、情けないやら不安になるやら…。そんな事を医師に相談してもお薬が増えるばかりです。

なんだかんだと2ヵ月ほどが経過し、ちょっと心が落ち着いてきたタイミングで職場への復帰を果たしたのですが、身体を一度壊したからと言って、仕事が楽になるワケもありません。結局のところ、会社の体質はそのままですから、忙しい日々は続きます。

再び身体を壊してしまう前に退職を決意

仕事に復帰して1週間ほどは慣らし期間という事で、定時に帰る日々でしたが、そこで大丈夫と判断されたのか、忙しい日々に逆戻りしました。

しかも輸入業を始めたいう話はまだ生きていたようで…。一時的に中断していたようですが、私が復帰したことによって、再び動かそうと考えたようです。本業はIT系ですし、ジャンルが違いすぎますよね?それでも一度思った事は実際にやってみたいというのが前職の社長の考え方です。

通常業務と並行して、輸入業について調べる日々がスタートしました。何もかもがわからない状況ですから「輸入業入門」的な本をいくつか読みあさり(週末の貴重な時間はコレで潰れます)、仕事の合間をぬってジェトロ(日本貿易振興機構)を訪ね…。結局は通常業務に支障をきたし残業する日々…。

正直、ついてゆけないな…という思いが募ってきました。また、このままでは再び体調を崩してしまう…という思いもふつふつと湧いてきます。

先輩社員に言わせますと、社長はこれまでにいろんなことに挑戦し、その都度フェードアウトしてきたそうです。海外に写真スタジオを開設しようとしてみたり、農業用機器の開発を手掛けようとしてみたり、飲食をしようとしたこともあるとか…。その都度、若手社員が振り回されて、みんな辞めていったようです。

入社したときに、「先輩社員が少ないなぁ」と思ったのですが、その理由を遅ればせながら理解しました。みんな辞めていたんですね…。私も辞めようと思ったのはその時です。

転職活動ができない!

さて、仕事を辞めようと決意はしたものの、もちろん転職先を決めてから仕事を辞めるつもりでした。けれど忙しすぎて転職活動もままなりません。何せ会社を仕切っているのはワンマン社長ですから、思いがけない仕事が突如として割り込んできます。

ある日、残業をしていると会社に一本の電話がかかってきました。営業時間外なので留守電にしておけばよかったのですが…。鳴り続ける電話に、致し方なく受話器を取ります。すると社長の声で「おっ、〇〇か、悪いけど、今××(会社近くのお店の名前)に居るんだけど、会社案内の資料が欲しいから持ってきてくれ」と…。何やら知り合いに会ったところで会社の資料を渡したくなったようです。

また別の日には、「バーで□□の社長さんと知りあった。今度プレゼンしに行くから資料を作ってくれ」と言われる始末…。「いやいやいやいや、今本業で仕事を一つ抱えているし、プラスアルファで輸入業の調べものをしているし、さらに資料の作成までやらせますか?」と口のギリギリまで出かけましたがその一言を何とか飲み込み、「はい…」と一言。無理と言えないのが、ダメなのかもしれませんね。

これらはまだ業務ですから我慢のしようもありますが、「すまん、○○銀行に言ってコレを入金してきてくれ」と言われた時には本当に耳を疑いました。子供のお使いじゃないんだから。

このように振り回されるのは日常茶飯事です。転職系のエージェントに予約をとってみた事もあるのですが、社長に振り回されてドタキャンをすること2回…、以来予約を取ることは一度もないまま退職しました。

>>20代におすすめする転職エージェント15選!転職エージェントを使って転職を成功させるための注意点

会社のパソコンで転職サイトを見ているのがバレおかしな雰囲気に…

仕事の合間に転職サイトをチェックしていたのですが、思わぬことからそれがバレてしまう事に…。

とある会社の人にプレゼンをしていた時の事です。「○○と検索するとウチの情報がトップに出るんですよ」と得意げに話す社長。おい、やってみろという事で、検索します。その時、私が仕事で使っているノートパソコンがプロジェクターに繋がっていました。

検索した結果、確かに前職の情報が一番上に出ていました。けれどその周囲には「○○の転職なら××エージェント」といった広告がたっぷりと。私が転職情報を検索していたのがバレバレの状況です。

そのまま何事もなかったかのようにプレゼンは進みましたが、あれほどに気まずい雰囲気のプレゼンは後にも先にもなかったですね。

結局は転職先を見つけられないまま退職

会社のパソコンで転職サイトをチェックしていたこともバレ、なんだかおかしな雰囲気になりましたが、仕事量が減るという事は無く、忙しい日々は続きました。

このまま続けられないと思い、ついに決意する事に。「次の3月で仕事を辞めます」と、退職の意思をはっきりと伝えました。

慰留されるのかなと思いきや、淡々と「あぁそうですか」といったところ。かなりの肩透かしです。まあ、これまでに多くの社員が辞めている事ですし、社員が辞めることに対して特別な感情は抱かないのかもしれませんね。

唯一言われたのが「辞めるという事を他の社員になるべく話すな!」です。社長の思惑としては、誰か一人辞めるとつられて辞める人が出るかもしれないので、それを防止したいというものだったようです。「最後までワガママ言うな、この人」と思ったものです。

とはいえ、引継ぎもありますし、辞めることはバレバレです。小さな会社ですからウワサはあっという間に広がりました。多少残っていた有給を消化し、最後の挨拶に向かいましたが、社長の姿は無く、ただ事務的に挨拶を済ませ、最後の出勤を終えました。

仕事を探し中ですが…

そうして現状無職です。早く仕事を見つけないと…と思うのですが、最初にお伝えしたようになかなか踏ん切りがつかないんですよね。あれほど極端な状況はきっと無いはずなのですが、ついつい慎重になりすぎています。

転職サイトに載っている様々な人の退職理由を読むたびに「あぁこの会社はダメかも」とか「ここもちょっとイヤだな」なんて事を考えてしまうんです。情報をうのみにしてしまうのも良くないのでしょうが…。

同じような悩みを持つ人もいるんじゃないかと思うのですが、皆さんどうやって社会復帰したんでしょうね。時間が経てばそれなりに解決するのでしょうか?とはいえ、いつまでもだらけているワケにもゆきませんし、そろそろ仕事を見つけないとなと思う日々です。

最後に私の経験から一言お伝えしておきます。それは「一度体調を崩してしまうと、完全に復帰するのは難しい」です。私の場合、一応は職場に復帰して、それなりに働いてはいたのですが、それでも心のどこかに不安を抱えていましたし、仕事を辞めた未でも抱えています。だからこそ無職状態が続いているワケです。

「なんだかおかしいな」と感じたら、心療内科を受診してみるなど、早め早めの対策を心がけてくださいね。




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